東京高等裁判所 平成3年(行ケ)191号 判決 1992年11月26日
岐阜市前一色1丁目1番6号
原告
藤澤光男
訴訟代理人弁護士
後藤昌弘
同弁理士
広江武典
岐阜市木造町13番地の1
被告
野田孟
同市神明町2丁目11番地
被告
株式会社 ミタニ
(旧商号 株式会社三谷ミシン商会)
代表者代表取締役
三谷幸弘
同市中鶉1丁目61番地の2
被告
株式会社 エイライン
(旧商号 有限会社エイライン)
代表者代表取締役
水野晴雄
同市長良花ノ木町2番地の6
被告
安藤恒彦
同市白菊町4丁目7番地の1
(旧住所 同市光町2丁目1番地)
被告
有限会社青木服飾
代表者代表取締役
青木實
各務原市那加本町40番地
被告
浅野進
岐阜市津島町2丁目11番地
被告
井上毅
同市宇佐東町15番3号
被告
臼井敕朗
同市六条東1丁目7番地の15
被告
河村弘志
同市茜部野瀬2丁目29番地
被告
株式会社 コヤマ服飾
代表者代表取締役
小山繁男
同市近島147の1番地
被告
関谷廣三
岐阜県本巣郡糸貫町数屋76番地の5
被告
武井洋三
同県揖斐郡大野町大字黒野561番地1
被告
トコロジューキミシン販売株式会社
代表者代表取締役
所勇司
岐阜市天神町50番地
被告
合資会社野田ミシン商会
代表者無限責任社員
野田治示
同市岩倉町5丁目32番地
被告
株式会社 ビッグ繊維
代表者代表取締役
堀英哲
同市光明町1丁目13番地
被告
前田征毅
同市不破郡関ケ原町野上1262番地
被告
松井和博
同市鹿島町6丁目14番地
被告
株式会社 丸和
代表者代表取締役
河合重孝
羽島市竹鼻町584番地
被告
三輪郁子
岐阜市上川手渕の上355番地
被告
山川桃世
同市白山町1丁目4番地
被告
横山工業ミシン株式会社
代表者代表取締役
高木行夫
被告ら訴訟代理人弁護士
木村静之
同弁理士
後藤憲秋
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が昭和63年審判第6949号事件について平成3年5月23日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決
2 被告ら
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、意匠に係る物品を「繊維テープ溶断ロール」とする登録第729989号意匠(昭和59年6月25日出願、昭和62年12月9日登録、以下、この意匠及び登録を「本件意匠」及び「本件登録」という。)の意匠権者であるところ、被告らは、昭和63年4月18日、原告を被請求人として本件登録を無効にすることについて審判を請求した。特許庁は、この請求を同年審判第6949号事件として審理した結果、平成3年5月23日、本件登録を無効とする旨の審決をした。
2 審決の理由の要点
(1) 本件意匠は、意匠に係る物品を「繊維テープ溶断ロール」とし、その形態は別紙第1に示すとおりと認める。すなわち、その基本的形態は、ロール本体を側面の略中央を階段状に現した略逆凸字状の略円筒体とし、その中心に上下に貫通する丸棒状の軸を設け、外側に張り出したロール本体上半部の外周面に、細い凹凸のある円弧を横に波状につないだ模様と、その上部に、ほぼその波の線に平行する、小さな点を並べた模様を現すものである。
(2) そこで審案するに、本件意匠に係る「繊維テープ溶断ロール」は、超音波加工機に使用されることが甲第24号証(本訴における甲第5号証の2)で分かり、溶着か溶断かはその目的に応じて、ローラー表面の模様の差として現れるとしても、超音波加工という同一原理の加工機で使用するものであるから、「繊維テープ溶着ロール」と類似する物品の範囲である。そうして、甲第5号証(本訴における甲第1号証の5)の第2図、甲第6号証(本訴における甲第1号証の6)の第2図によると、超音波加工機にロール本体を略逆凸字状にしたロールを使用することは、当業界で周知であるから、本件意匠の形状は周知形状である。次に、本件意匠の上半部の外周面の模様についてみると、レリーフ状に凹凸をもって現されており、レリーフも模様の一種であり円弧を横に波状につないだ模様とその上部に、ほぼその波の線に平行して小さな点を並べた模様は、意匠登録第114540号「刺繍レース」の縁飾り、意匠登録第61517号「レース」の縁飾り、意匠登録第722130号の類似第6号「繊維テープ溶断ロール」の模様、甲第55号証(本訴における甲第5号証の33)に添付されている、昭和59年6月21日の岐阜県繊維試験場長の試験報告書中の供試品の「フリル」の縁模様にそれぞれ現れている、極めて周知の模様である。
(3) 以上のとおりであるから、本件意匠は、極めて周知の略逆凸字状の超音波加工機用のロールの上半部の外周面に、円弧を横に波状につなぎ、これに平行して小さな点を並べた周知模様を現した創作にすぎないので、その意匠の属する分野における通常の知識を有するものが、容易に意匠の創作をすることができたものといわざるを得ない。
(4) したがって、本件意匠は、意匠法第3条第2項の規定に該当し、これに違反して登録されたものであるから、その登録は無効とすべきである。
3 審決の取消事由
審決の理由の要点(1)は認める。同(2)ないし(4)は争う。
審決は、本件意匠は容易に創作をすることができたものと誤って認定、判断したものであって違法である。
(1) 取消事由1
審決は、超音波加工機にロール本体を略逆凸字状にしたロールを使用することは当業界で周知であるから、本件意匠の形状は周知の形状であり、また、円弧を横に波状につないだ模様とその上部に、ほぼその波の線に平行して小さな点を並べた模様は極めて周知の模様であると認定しているが、以下述べるとおり、この認定は誤りであり、したがって、この認定を前提として、本件意匠の創作容易性を肯定した審決の判断は誤りである。
<1> 審決は、本件意匠の形状が周知のものであることを認定する前提として、本件意匠に係る「繊維テープ溶断ロール」は超音波加工機に使用されるものであることが甲第5号証の2(本訴における書証番号。以下、掲示する書証の番号は本訴におけるものである。)により理解することができ、「繊維テープ溶着ロール」に類似する物品の範囲であるとしている。
しかし、意匠の登録要件の判断の基準時は出願時であって、無効審判時ではないところ、上記甲第5号証の2は、本件意匠登録出願後約4ヶ月も経過してから印刷されたパンフレットであるから、これに基づいて、本件意匠に係る物品の用途もしくは使用態様を認定することは許されない。また、本件意匠登録出願の前後を問わず、「繊維テープ溶着ロール」なる概念も物品も存在しないのであるから、これと本件意匠に係る物品との比較を行うこと自体誤っている。更に、物品の類否判断は当該物品自体の用途・機能に基づいてなされるべきところ、「溶断ロール」と「溶着ロール」の用途・機能は明白に相違するのであるから、超音波加工という同一原理の加工機に使用されることのみを理由として類似物品とすることはできない。
したがって、本件意匠に係る「繊維テープ溶断ロール」は「繊維テープ溶着ロール」に類似する物品の範囲であるとした前提自体誤りである。
次に、審決は、甲第1号証の5の第2図及び同号証の6の第2図を引用して、超音波加工機にロール本体を略逆凸字状にしたロールを使用することは当業界で周知であるとしている。
しかし、上記各図面において、溶着ロールは、「加工機」の「部品」として加工機に組み込まれた状態で表示されているにすぎず、その全体形状は示されていない。また、上記各図面には、該ロールの半分が断面図として表示されていて外観形状は現されておらず、他の半分は、その下部(甲第1号証の5の第2図)及び上部(同号証の6の第2図)の輪郭が多数の凹凸・段差を有する複雑な形状に現されていて、明確性に欠けているから、上記各図面に現されている溶着ロールの全体形状を認識・把握することは困難である。
したがって、超音波加工機にロール本体を略逆凸字状にしたロールを使用することが当業界で周知であるとはいえず、本件意匠の形状は周知形状であるとした審決の認定は誤りである。
<2> 甲第10号証の1記載の意匠登録第114540号「刺繍レース」の縁飾り及び同号証の2記載の意匠登録第61517号「レース」の縁飾りは、種々様々な縁模様の中の2点にすぎず、また、この2点の縁模様は相違しているから、いずれもレース模様とはいっても特定の模様を思い浮かべることは不可能であって、周知の模様であるとはいえない。
甲第10号証の3記載の意匠登録第722130号の類似第6号「繊維テープ溶断ロール」は、本件意匠登録出願後に登録・公表された意匠である。
甲第5号証の33の試験報告書は、頒布された刊行物ではない。仮に、公知文献であるとしても、大量に頒布されたことはなく、したがって、同報告書中の供試品の「フリル」の縁模様は周知の模様ではない。
以上のとおりであるから、円弧を横に波状につないだ模様とその上部に、ほぼその波の線に平行して小さな点を並べた模様は極めて周知の模様であるとした審決の認定は誤りである。
(2) 取消事由2
仮に、「ロール本体を略逆凸字状にした形状」及び「円弧を横に波状につないだ模様とその上部に、ほぼその波の線に平行して小さな点を並べた模様」が周知であるとしても、以下述べるとおり、本件意匠の創作容易性を肯定した審決の判断は誤りである。
<1> 本件意匠に係る「繊維テープ溶断ロール」は、新規な裁断技術として開発された超音波溶断方法に用いるために創作された新規な物品であって、本件意匠の創作前においては、服飾加工業界のみならず、超音波加工機に係る業界においても製作、販売されていなかったものである。そして、この「繊維テープ溶断ロール」は、従来、シートやテント等の2枚のビニール類を溶着するために用いられた「溶着ロール」や曲線状裁断切口の形成及びその美的処理等の用途・機能を有し得なかった「熱ロール」等とは異質のものである。
このように、「繊維テープ溶断ロール」自体当業者において創造し得なかった新規な物品であるから、本件意匠は、新規な物品の新たな形状に係るものとして、新たな美的外観を呈し、かつ独創性を有するものであって、当業者といえども容易に創作し得るものではない。
<2> 本件意匠の模様は、審決が認定する模様を更に立体表現したものである。すなわち、この模様は、ハンカチやレース等に用いられる、平面及び孔からなる「レースの縁模様」を「繊維テープ溶断ロール」の外周面に単純に平面模様として現したものではなく、立体的模様であって、曲線状突起及び点状突起によって形成される独創的なものである。また、本件意匠の模様が現す特殊形状の裁断刃先は、溶断ロールの用途・機能を生ぜしめ、織布素材を美しく曲線裁断し、かつ裁断切口に解れ止めを形成せしめるものとしての美的処理及び工夫がなされているものであって、独創的なものである。
<3> 以上のとおりであるから、本件意匠は、その意匠の属する分野における通常の知識を有するものが容易に意匠の創作をすることができたものとした審決の判断は誤りである。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の反論
1 請求の原因1及び2は認める。
2 同3は争う(但し、本件意匠の形態が審決の理由の要点(1)のとおりであることは認める。)。
審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の違法はない。
(1) 取消事由1について
<1> 審決は、本件意匠に係る「繊維テープ溶断ロール」が超音波加工機に使用されるということ、つまり本件意匠に係る物品の帰属ないし範囲を認定するために甲第5号証の2(印刷時期は原告主張のとおりである。)を例示的に引用したものであって、同証拠に基づいて本件意匠の類否判断を行っているわけではないから、上記認定のために同証拠を用いたことに違法の点はない。また、審決は、「繊維テープ溶着ロール」と本件意匠に係る「繊維テープ溶断ロール」との比較を行っているわけではなく、「繊維テープ溶着ロール」なる概念及び物品が現実に存在したかどうかということとは無関係に、物品の類似範囲を示すために例示的に「繊維テープ溶着ロール」を挙示したにすぎない。そして、「繊維テープ溶断ロール」が超音波加工機に使用され、かつ溶着か溶断かはその目的に応じて、ローラー表面の模様の差として現れるにすぎないことは審決認定のとおりである。
したがって、本件意匠に係る「繊維テープ溶断ロール」は「繊維テープ溶着ロール」に類似する物品の範囲であるとした審決の認定に誤りはない。
次に、ロール本体の形状についてみれば、ロールという回転体としての機能的要請上、円形の外側面を有するロール本体とその中心に軸を備えることは必然である。また、ロール本体の側面の略中央を階段状に現した略逆凸字状の回転体形状は、いわゆる段付きロールとして、回転体とその軸受部(取付部)との隙間調整あるいは回転体自体の補強等の技術的必要性から広く知られた形態であって、回転体の一般的形状として極めてありふれたものである。更に、本件意匠の属する分野である繊維機械部品及び付属品の分野においては、この種略凸字形状のロール本体が広く使用されており、甲第1号証の5の第2図及び同号証の6の第2図には、繊維機械部品の一つである「超音波加工機のロール」に略逆凸字形状の段付ロールが使用されているものが示されている。また、被告が本件無効審判手続で提出した甲第1号証の7、同号証の9及び同号証の10にも、略逆凸字状の段付ロールが記載されている。
したがって、超音波加工機にロール本体を略逆凸字状にしたロールを使用することは当業界で周知であり、本件意匠の形状は周知形状であるとした審決の認定に誤りはない。
<2> 本件意匠のロール本体の上半部の外周部に現された、円弧を横に波状につないだ模様とその上部にほぼその波の線に平行して小さな点を並べた模様は、服飾・レース業界では一般に「スカラップ」と称され、衿の縁、袖口、裾等の縁飾りとして我が国古来から広く一般的に多用されている極めてありふれた周知の模様である。このことは、審決が例示した甲第10号証の1記載の意匠登録第114540号「刺繍レース」の縁飾り、同号証の2記載の意匠登録第61517号「レース」の縁飾り及び甲5号証の33記載の「フリル」の縁模様によっても明らかである。
なお、甲5号証の33の試験報告書は、証明を受けた者が公然知られた状態におけば公知となることは明らかである。
したがって、円弧を横に波状につないだ模様の上部に、ほぼその波の線に平行して小さな点を並べた模様は極めて周知の模様であるとした審決の認定に誤りはない。
(2) 取消事由2について
<1> 原告は、「繊維テープ溶断ロール」自体当業者において創造し得なかった新規な物品である旨主張するが、化学繊維を熱溶断するためのロールは、例えば、実公昭42-4639号公報(乙第10号証)に示されるローラ12のように公知である。
したがって、「繊維テープ溶断ロール」が新規な物品であることを前提として本件意匠の形状は当業者において容易に創作し得るものではない旨の原告の主張は理由がない。
<2> 本件意匠に係る「繊維テープ溶断ロール」は、外周に設けた突起(刃部)によって布状物を当該突起形状に溶断(切断)するという一種の転写関係を有するものであるから、周知の縁飾り形状があれば、該縁飾り形状に当該突起を形成することは、当業者、すなわち繊維機械部品及び付属品の分野における通常の知識を有する者にとって極めてたやすいことというべきである。
したがって、本件意匠の模様が独創的なものである旨の原告の主張は理由がない。
<3> 本件意匠は、当業者が容易に意匠の創作をすることができたものであるとした審決の判断に誤りはない。
第4 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
1 請求の原因1及び2の事実、並びに本件意匠は意匠に係る物品を「繊維テープ溶断ロール」とし、その形態は別紙第1に示すとおりであって、その基本的形態は、ロール本体を側面の略中央を階段状に現した略逆凸字状の略円筒体とし、その中心に上下に貫通する丸棒状の軸を設け、外側に張り出したロール本体上半部の外周面に、細い凹凸のある円弧を横に波状につないだ模様と、その上部に、ほぼその波の線に平行する、小さな点を並べた模様を現すものであることは、当事者間に争いがない。
2 そこで、審決の取消事由の当否について検討する。
(1) 取消事由1について
<1>イ 成立に争いのない乙第1号証によれば、本件意匠の意匠公報には、本件意匠に係る「繊維テープ溶断ロール」は熱溶断加工機に取り付けて化学繊維の織布を素材としてテープ状又は所要平面積に裁断するのに用いるものであって、溶断と同時に切口を波形の縁飾り模様に形成するものである旨の記載があることが認められる。ところで、特許庁が、本件意匠の創作容易性を判断するに当たり、甲第5号証の2のカタログを用いたのは、これによって、本件意匠に係る「繊維テープ溶断ロール」の用途及び使用態様を具体的に把握するためであったにすぎないから、同カタログが本件意匠登録出願後約4ヶ月を経過してから印刷されたものであるとしても(印刷時期については当事者間に争いがない。)、後記(2)<1>において述べるように、本件意匠に係る物品と同様の機能を有する「化学合成繊維織布を熱溶断するローラ」が本件意匠登録出願前にも存在する以上、同カタログを判断の資料とすることに何ら違法の点はないものというべきである。
したがって、上記カタログに基づいて本件意匠に係る物品の用途及び使用態様を認定することは許されないとする原告の主張は採用できない。
次に、本件意匠登録出願の前後において、「繊維テープ溶着ロール」という固有の名称を有する物品が存在したことを認めるに足りる証拠はない。しかし、審決が、本件意匠に係る「繊維テープ溶断ロール」が類似する物品の範囲であるとした「繊維テープ溶着ロール」が超音波加工機に用いられる化学繊維織布等に係る「溶着ロール」を指すことは、審決の理由の要点から明らかであるから、審決の単に不適切な表現を捉えて、「繊維テープ溶着ロール」と本件意匠に係る物品との比較を行うこと自体誤りである旨の原告の主張は採用することができない。
また、いずれも化学繊維織布等に係る「溶断ロール」と「溶着ロール」は、前者が対象物を溶断するものであるのに対し、後者は溶着するものであるという目的の違いに応じて、「溶断ロール」の外周面の模様の頂部断面は刃状となっているのに対し、「溶着ロール」のそれは平面状となっている点で相違していることは明らかである。しかし、成立に争いのない甲第5号証の2及び同号証の3(いずれもカタログ)によれば、「溶断ロール」、「溶着ロール」のいずれもが単一の超音波加工機に装着して使用することができ、超音波加工により溶断あるいは溶着をするものであることが認められ、この事実によれば、「溶断ロール」と「溶着ロール」は互いに類似する物品であると認めるのが相当である。
以上のとおりであるから、本件意匠に係る「繊維テープ溶断ロール」は「繊維テープ溶着ロール」に類似する物品の範囲であるとした審決の認定に誤りはなく、これに反する原告の主張は採用できない。
ロ 成立に争いのない甲第1号証の5(昭和57年9月3日公開に係る実開昭57-141018号公報)及び同号証の6(昭和57年3月9日公開に係る実開昭57-43144号公報)によれば、同各公報の各図面第2図には、ロール本体を側面の略中央を階段状に現した略逆凸字状の略円筒体とし、その中心に上下に貫通する丸棒状の軸を設けた溶着ロールを組み込んだ超音波加工機の部分拡大断面図(別紙第2参照)が記載されていることが認められる。同各公報の刊行時期及び記載内容に照らすと、超音波加工機にロール本体を側面の略中央を階段状に現した略逆凸字状の略円筒体とし、その中心に上下に貫通する丸棒状の軸を設けた溶着ロールを使用することは、本件意匠登録出願前、当業界(超音波加工機に係る業界)において周知であり、上記形状は当業界において広く知られた形状であると推認するのが相当である。
上記各公報の各図面第2図は部分拡大断面図であって、溶着ロールは超音波加工機に部品として組み込まれた状態で示され、その全体形状、外観形状は表示されていない。しかし、図面表示の明確性に特に欠けるところはなく、当業者であれば、上記各図面により溶着ロールの全体形状、外観形状を十分認識、把握することができるものと認めるのが相当であって、これに反する原告の主張は採用できない。
<2> 成立に争いのない甲第10号証の1(昭和30年12月26日発行の登録第114540号意匠公報)には別紙第3のとおりの「刺繍レース」の模様が、同号証の2(昭和9年3月13日発行の登録第61517号意匠公報)には別紙第4のとおりの「レース」の模様がそれぞれ記載されていることが認められる。また、成立に争いのない乙第6号証の1ないし3(「広辞苑」第2版補訂版)、第7号証の1ないし3(主婦の友実用百科事典第5巻「和裁 洋裁」・昭和43年1月5日発行)、第8号証の1ないし3(婦人画報社版「服飾事典」・昭和42年3月10日発行)、第9号証の1ないし20(ヴォーグ手づくり手芸シリーズ「レースの手芸」・昭和57年4月10日発行)によれば、衿の縁、袖口、裾等に施す扇形・波形に連続した飾縁を「スカラップ」と称して服飾・レース業界においては古くから多用されており、例えば、レースの縁飾りとして、円弧を横に波状につないだ模様の上部に、ほぼその波の線に平行して小さな点を並べた模様を用いることは、本件意匠登録出願前に極めて普通に行われていたものであることが認められる。
これらの事実によれば、円弧を横に波状につないだ模様の上部に、ほぼその波の線に平行して小さな点を並べた模様は、ロール本体に模様を現し、これを加工機に組み込む超音波加工機業界においても極めて周知の模様であると認めるのが相当であって、審決の認定に誤りはない。
原告は、上記各意匠公報に記載されている模様から特定の模様を思い浮かべることは困難であるなどとして、上記の模様が周知であるとはいえない旨主張するが、採用できない。
<3> 以上の事実によれば、超音波加工機業界において、溶着ロールに類似する溶断ロールを超音波加工機に組み込むに当たり、溶断ロールの形状を上記<1>ロに述べた溶着ロールと同様のものとし、かつ上記<2>に述べた周知の模様を溶断ロールの上半部の外周面に現して、本件意匠を創作することは容易であるというべきであるから、取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2について
<1> 原告は、「繊維テープ溶断ロール」自体当業者において創造し得なかった新規な物品であるから、本件意匠は、新規な物品の新たな形状に係るものとして、新たな美的外観を呈し、かつ独創性を有するものであって、当業者といえども容易に創作し得るものではない旨主張する。
しかし、成立に争いのない乙第10号証(実公昭42-4639号公報)によれば、化学合成繊維織布を熱溶断するローラが、本件意匠登録出願前に公知であることが認められるから、「繊経テープ溶断ロール」自体が新規な物品であるとは認め難く、また、本件意匠に係る「繊維テープ溶断ロール」と同様、超音波加工機に用いられる溶着ロールの、ロール本体を側面の略中央を階段状に現した略逆凸字状の略円筒体とし、その中心に上下に貫通する丸棒状の軸を設けた形状が当業界において周知であったのであるから、「繊維テープ溶断ロール」にこの形状を採用することが当業者にとって容易になし得ることと認められることは、前記(1)に述べたとおりであり、原告の上記主張は採用することができない。
<2> 原告主張のように、本件意匠のロール本体上半部の外周面の模様は、レリーフ状に凹凸をもって現されているが(このことは被告も明らかに争わないところである。)、それは外周面に設けた突起(刃部)によって布状物を溶断(裁断)するためである。ところで、前記のとおり、円弧を横に波状につないだ模様の上部に、ほぼその波の線に平行して小さな点を並べた模様は、本件意匠登録出願前に極めて周知のものであるから、布状物にそのような模様を現すために、溶断ロールの外周面にその模様と同じ突起(刃部)を形成することは、当業者において容易になし得ることと認められ、これを独創的なものであるとする原告の主張は採用できない。
したがって、取消事由2は理由がない。
3 以上のとおりであるから、本件意匠は、その意匠の属する分野における通常の知識を有するものが容易に意匠の創作をすることができたものであるとした審決の判断に誤りはない。
よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)
別紙第1
別紙第1 本件登録意匠
意匠に係る物品 繊維テープ溶断ロール
説明 背面図、左、右側面図は正面図と同一
<省略>
別紙第2
<省略>
図面の簡単な説明
第1図はこの考案の一実施例を示す一部破断した要部正面図、第2図は部分拡大断面図である。
図中、11は押えローラ、13は支持部材、14は軸受、16はコイルスプリング(弾性接触子)、25は振動子組体、27は超音波振動子、28は加工用ホーン、29は加工面である。
図面の簡単な説明
第1図はこの考案の一実施例を示す一部破断した要部正面図、第2図は部分拡大断面図である。
図中、11は押えローラ、13は弾性部材、18は振動子組体、21は加工用ホーン、22は加工面である。